Case Study

[前編]木造古民家で、薪の焼き台を構える料理店「ひとひとくち」ができるまで。

INTRODUCTION
桐生市本町通り、4丁目交差点のすぐそばの道路沿いから少し奥まったところに大正時代の民家をリノベーションした料理店「ひとひとくち」があります。日本料理をベースに、薪の火を使って食材の魅力を引き出すおまかせコースに特化して料理を提供します。ジャズヒップホップが流れる店内で、店主の渡邊龍(わたなべ・りょう)さんが提案する枠に囚われない遊び心あるおいしさを愉しむ。ひとひとくちでしか体験できないおいしさを求め、数ヶ月先まで予約が埋まる注目のお店です。

木造古民家で、薪の焼き台を構える本格料理店が実現するまで。渡邊さんのヒストリーと重ねてお話を伺いました。

渡邊さんのご出身は東京で、20歳で料理の道へ。神楽坂で複数店舗を営む飲食会社に10年勤め、2019年に結婚のタイミングでみどり市東町に移住。お店は桐生のまちなかですが、食材が豊かな山の近くにお住まいです。

妻がみどり市のかなり山深いところの出身なんですけど、僕はずっと東京だったのでそういうところに住むのも面白いなと思って。地元の人に、『こんなところに来てくれてありがとう。』ってよく言われるんですけど、僕にとっては何も違いはなくて、同じ日本って感覚なんですよね。職業柄もあるだろうけど、どこにいても自分がちゃんとやれば仕事に恵まれるだろうとは思っていました。

神楽坂の会社では鉄板焼き、しゃぶしゃぶ、ビストロ、炉端焼き、小料理店など様々な業態のお店で経験を積みました。古巣の会社の気風もあり、ゆくゆくは独立をというのは20代の頃から考えていたそうです。群馬ではまず、桐生の老舗料亭・吉野家で板前として働き、土地のことや料理のことについて学びを深めていきました。その時に”街に惚れた”と渡邊さんは振り返ります。

桐生のお客様って食に対する感度がとても高くて、長年働いた神楽坂とどこかリンクするところもあり、この街で自分のお店を構えたいなと思いました。あと吉野家さんでの経験もすごく影響を受けました。例えば結納から法事まで、桐生の街のあらゆる人のあらゆるライフイベントで吉野家さんで集まりが開かれるんですよね。僕が作るお店も、お客様の人生の様々な場面に寄り添って、印象に残る会を演出できるお店でありたいと思いました。

同時に、群馬に移住したことで食材に対しても新たな発見があったそうです。

妻の義父が農業をやっていることもあり、旬の意識はすごく深まりました。東京ではいつでもなんでも食材が手に入るイメージだったんですけど、こんにゃくって本当は冬が旬なんだな、とか。こっちは畑や生産者さんとの距離が近いので、食材の出る時期、最盛期が体感としてダイレクトに感じられます。あと、野菜の生え方とか意外と知らなかったことも多くて驚きました。オクラって上を向いてこんなにポンポン生えるんだな、とか。今まで食材としてしか見てなかったけど、畑を見ることで得られる気づきが多々ありました。

そういった体験は、渡邉さんの料理やお店のコンセプトにも影響を与えました。季節のもの、今あるものを大切にしたおまかせ形式。生産者さんや畑の様子で、その日の一番いい食材を判断して料理します。また、薪ストーブ専門店・アリュメール群馬の水澤さんとの出会いから、薪の火で食材の新たなおいしさを引き出す料理を打ち出していくことも決まりました。

お店作りについて本格的に動き始めた渡邊さんですが、場所探しには2年の月日がかかり、かなり手こずったと言います。神楽坂時代のお店も、芸妓さんの元自宅をリノベーションした店舗だったので、自分のお店もそういった雰囲気でやりたいと自然と考えていたそうです。

街を歩けば、渡邊さんが求める佇まいを持つ空き家はたくさん見つけることができましたが、不動産業者が取り扱っておらず、近所の人に空き家の持ち主について聞いてみるものの、個人情報をたやすく教えてもらうことはできませんでした。市の空き家バンクにも問い合わせてみたものの思うような返事がもらえず難航。自分ひとりで探すことに限界を感じ、桐生で古民家活用を得意とする不動会社・アンカーを訪ねたところ、副社長の川口雅子さんがこの場所を案内してくれたそうです。

元々は塩の専売を担った商店だった大正時代築の建物で、商売をやめてからは長年住まいとして使われていました。時がたち、この家の人々がみな桐生を離れ空き家になっていましたが、お隣の呉服店・きんでんがこの建物を取得しオーナーに。アンカーが間を取り持って借り手を探していました。当初は住まいとして借りてくれる人を想定していたそうです。

建物を見させてもらって、今まで見た中でも最高の佇まいでした。でも正直良すぎて、僕の希望する賃料では叶わないだろうと思っていたんです。だから雅子さんに、『最高です。だけど多分俺は借りれないっす。』ってこぼしたんですよね。

実は川口さんは渡邊さんの料理人としての志や人柄を確信し、この時にはすでに希望に添えるように建物オーナーさんに働きかけてくれていました。最後のひと押しとして、渡邊さんがオーナーさんに直接「こんなお店を作りたい」という想いをプレゼンする機会を設けました。オーナーさんも「こんなに良い人なら」と、希望予算で飲食店として貸してもらうことが実現したそうです。

橋渡しのプロにきちんとお願いするべきだなと実感しました。これからお店とか住まいを探したいっていう人は、信頼できるプロに出会って頼るべきだと思います。自力の試行錯誤で2年費やした僕が言うんだから間違いないです。何者でもない僕が何者かになるための、この街での信用を得ていくきっかけを作ってくれたアンカーさんには本当に感謝しています。

場所が決まり、ついにお店作りが始まります。新たなおいしさを提案する薪料理は渡邊さんにとっても挑戦であり、飲食店の焼き台を手がける事例はアリュメール群馬にとっても挑戦。

木造古民家の室内で火を焚くことに、最初は建物オーナーさんも驚きがありましたが、法令や許可をクリアしたしっかりとした設備を置くことを丁寧に説明しました。建物に大きく手を加える飲食店への改修となるので、安心して貸し出してもらえるよう、オーナーさんにご理解いただくことに心を砕きました。

僕がこの建物を使わせてもらうことで、建物をバリューアップさせて持ち主さんに損がないようにします、とお伝えしました。空間をきちんと作り込んで良いお店を営んで、もし僕の後に借りる人がいても、その時にはここの資産価値が以前より高まっている。そういう使い方を必ずしていきますと。根拠のない話だったかもしれないけど、ありがたいことに持ち主さんも僕の熱意や思いにかけてくださいました。

数ヶ月先まで予約でいっぱいの現在の繁盛の様子を、建物オーナーさんも目を細めて喜んでくれているそうです。

店名の「ひとひとくち」もこの頃に決まりました。由来は、神楽坂時代に働いていた炉端焼きのお店「五合」から。渡邊さんが最も影響を受けたお店として、ひとひとくちにも随所にそのエッセンスがあると言います。「合」の一文字をもらい、漢字の部首を分解して、人・一・口を「ひとひとくち」と読む造語を作りました。様々なものが「合う」ことで生まれる食体験、料理を食する「口」の文字や、少しずつ色々なものをコースで楽しんでいただくお店のスタイルも名前とリンクします。お店のロゴは、「五合」を営む古巣の社長さんに書を依頼しました。

この名前にしようと早い段階で決めていて、お店ができることが決まった時にお願いしたんです。昔から良い字を書く方だったし、僕のこともよくわかってくれているので、ぴたりと自分の好きな感じで送られてきて、嬉しかったですね。

記事後編では、飲食店へのリノベーションと空間作りについてのエピソードを詳しく伺っていきます。

記事の後編はこちらから

[後編]木造古民家で、薪の焼き台を構える料理店「ひとひとくち」ができるまで。

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